東京高等裁判所 平成8年(う)1449号 判決
被告人 梶原千嘉子
〔抄 録〕
4(一) そこで、被告人につき、原判決の認定判示するような業務上の注意義務違反があったか否か、すなわち、被告人が、本件事故現場の湿潤した路面の一部が凍結し、より一層滑走しやすい状況にあることを予測し得たか否かについて検討するに、被告人は、本件事故の一年前ころに、益子町に向かう道路を自動車で走行したことがあったとはいえ、千葉県内に住んでいる者であって、本件事故当時の栃木県内や本件事故現場の気象状況や、それに伴う道路の状況等についての具体的な知識はなかったものと窺える。しかしながら、本件のような場合、自動車を運転する者の業務上の注意義務を考えるに当たっては、当該地域において日ごろ一般に自動車を運転している通常人を基準とすることを要し、かつ、それをもって足りるというべきである。したがって、そのような通常人に比し、道路の状況や気象状況などについて十分な知識、経験を持たない者が本件のような道路で自動車を運転するときは、自車の走行の安全を図るために、自車の走行する道路がどのような状況にあるのかなどにつき、より一層の注意を払いながら運転すべきことはいうまでもないことである。
そして、本件の場合、前記3の(一)(4)ないし(6)認定のような前夜からの気象状況、とりわけ若干量の雨が降った上、当日朝かなり冷え込んだという天候の様子などに照らし、付近に住む人々にとってみれば、本件道路などの路面が凍結していることは十分に予見可能であったことが認定できる。この点は、前記3の(一)(4)認定のとおり、警察官らが、本件道路や近くの道路で融雪剤を散布していることによっても明らかである。また、被告人としても、一二月九日の午前六時過ぎという早朝に、一般に寒冷地とされる栃木県内の道路を走行しているということは、もちろん認識していたことであり、しかも、鹿沼インターチェンジで東北自動車道を降りた後、本件事故現場に至るまでに(すなわち、栃木県内に入った後に)、コンビニエンスストアに立ち寄って買い物をしたというのであるから、当時、外気がかなり冷え込んでいたことも、十分に認識し得たものといえる(この点、被告人は、前記3の(二)(2)掲記のとおり、原審公判廷における供述中で、右買い物をした際には寒くはなかったなどと述べているが、前記3の(一)認定の各事実に照らし、到底信用することはできない。)。さらに、右にみたとおり、被告人は、本件事故現場付近の道路の轍部分が湿潤していたこと自体は認識していたのである。したがって、被告人には寒冷地での生活経験がなかったことや、本件当時、自動車運転者らに路面の凍結を警告するための措置等がとられていなかったと窺われることなどを考慮しても、本件自動車を運転していた被告人としては、本件事故現場に至るまでに、場合によっては車を止めるなどしてでも、路面が凍結したりしていないかどうかなど、道路の状態等についてより一層の注意を払っていれば、本件事故現場付近の道路の轍部分が湿潤していただけでなく、路面の一部が凍結していたことを予見することが十分に可能であったことは明らかである。しかるに、被告人は、このように予見可能であった道路の状況について十分に留意ないし配慮し、その状況に応じて適切な運転を行うという業務上の注意義務を怠った結果、路面の一部が凍結していることに気づかず、本件事故現場において、漫然と左にハンドルを切るとともに加速したため、本件自動車のタイヤが滑って、本件自動車を左前方に滑走させ、左側歩道上に乗り上げさせて、同歩道左端に設置されていた橋の欄干に衝突させた上、欄干を突き破って本件自動車を下方の鬼怒川に転落させたものといわざるを得ないのである。
(松本時夫 岡田雄一 服部悟)